パリの喧騒を離れ、石造りの回廊に一歩足を踏み入れると、そこには千年前の祈りと美が静かに息づいていました。
今回の【美術館巡りシリーズ Vol.3】は、中世美術館(クリュニー美術館)。
時を越えて人々の手に受け継がれてきた歴史と芸術に出会える場所です。
ローマの浴場跡に立つ、中世の空気を宿す建物
古代ローマ時代の浴場跡の上に建てられ、中世の修道院長邸として生まれ変わりました。
クリュニー美術館の建物自体が、15世紀末に建てられた貴重な邸宅です。
もとはブルゴーニュ地方クリュニー修道院のパリ別邸として建てられたもので、
ゴシック建築の優美なアーチや尖塔、石彫の装飾が随所に残ります。
中庭に一歩入ると、パリの喧騒が遠のき、まるで時間が逆戻りしたような静けさに包まれます。
小窓や暖炉、木の梁の細工など、修道院建築と貴族邸宅の両方の要素を兼ね備えており、
「中世の暮らし」を肌で感じることができる空間です。
また、建物の一部には古代ローマ時代の遺構がそのまま残されています。
地下へ降りると、3世紀頃のガロ・ローマ時代の浴場跡(Thermes de Cluny)が見学でき、
中世と古代が一つの場所に重なり合うという、パリでも特別な体験ができます。

再訪して感じた変化 ― リニューアル後の新たな魅力
2024年のリニューアルを経て訪れた館内は、展示がより明るく、作品との距離が近づいた印象でした。
中世の武具が並ぶホールでは、鉄の質感や細工の美しさに思わず足を止めてしまいます。

ちょうどこの時期は「中世の宝飾」をテーマにした特別展も開催され、金細工や聖遺物箱の繊細な装飾をじっくりと鑑賞することができました。
人々の信仰と美意識が凝縮された、まさに“静かな輝き”の世界です。


「貴婦人と一角獣」― 永遠の謎に包まれた名作
この美術館の象徴ともいえるのが、六枚の連作タペストリー《貴婦人と一角獣》。

15世紀末、リヨン地方の工房で織られたとされるこの作品群は、「五感」と「第六の感覚」をテーマにしていると言われています。
音楽を奏でる貴婦人、花の香りを嗅ぐ場面、宝石を触れる手――それぞれが人間の感覚を象徴しています。
そして最後の一枚、《我が唯一の望み(À mon seul désir)》だけは、明確な意味が解かれていません。
貴婦人が首飾りを箱にしまうのか、あるいは取り出すのか。
その曖昧さが、この作品を何世紀にもわたり魅力的な謎として輝かせてきました。
赤い背景には、草花や動物が細やかに描かれ、自然の生命力が満ちています。
そこに一角獣と獅子が寄り添い、貴婦人を静かに見守る――その姿は、まるで夢の中の儀式のようです。
展示室は照明が落とされ、絵糸の色合いが一層深く浮かび上がります。
観る人それぞれが、自分の感覚と向き合う時間。
それこそが、《貴婦人と一角獣》が語りかける“第六の感覚”なのかもしれません。
静寂の回廊に息づく祈りの造形
彫像やステンドグラス、聖遺物箱。
どの作品にも、祈りと人間の手の温もりが感じられます。
華やかなルネサンスとは異なる、中世の「内なる美」がここにはあります。
パリの中で最も静かな時間を過ごす
クリュニー美術館は、観光地の中でも比較的落ち着いた場所。

庭園を歩きながら、石壁に反射する光を眺めると、まるで時間が止まったような感覚に。
旅の合間に、自分を取り戻すような静かなひとときを過ごせます。
アクセスと実用情報
所在地:28 Rue du Sommerard, 75005 Paris
最寄駅:Métro Cluny – La Sorbonne(10号線)
開館時間:10:00〜18:15(月曜休館)
入館料:約12€(2025年時点)
※公式サイトで最新情報を確認してから訪問を。
千年前の美が語りかける静寂の中で、心が穏やかに整っていく――
そんな時間をくれるクリュニー美術館。
パリの中で歴史を感じられるおすすめの美術館です。ぜひ訪問してみてください。
