フランス革命は、1789年に始まったフランス史上最大の革命です。
「自由・平等・友愛(Liberté, Égalité, Fraternité)」という理念を掲げ、王政が終わり、市民が政治に参加する新しい時代への転換点となりました。
学校の世界史で学んだことがある方も多いと思いますが、
- なぜ革命が起きたの?
- マリー・アントワネットは何をしたの?
- バスティーユ牢獄襲撃とは?
など、意外と複雑でわかりにくい部分もあります。
この記事では、フランス革命の流れをできるだけわかりやすく解説します。
また、パリ旅行で訪れることの多い歴史スポットとの関係についてもご紹介します。
フランス革命とは?
フランス革命とは、1789年から1799年にかけて起こった政治・社会の大変革です。
革命以前のフランスでは、国王が強い権力を持つ絶対王政が続いていました。
当時のフランス社会は身分によって分けられており、
- 第一身分 聖職者
- 第二身分 貴族
- 第三身分 平民
という構造でした。
人口の大多数を占める第三身分は、重い税負担を課されていた一方で、貴族や聖職者には多くの特権が認められていました。
こうした不平等への不満が革命の大きな原因となります。
なぜフランス革命が起きたのか?
革命が起きた背景には主に3つの理由がありました。
財政危機
フランス王国は戦争や宮廷費用によって深刻な財政難に陥っていました。
特にアメリカ独立戦争への支援は国家財政を大きく圧迫しました。
身分制度への不満
第三身分の人々は重い税金を負担していました。
一方で貴族や聖職者は多くの特権を持っていたため、不満が高まっていきます。
啓蒙思想の広まり
18世紀になると、
- ジャン=ジャック・ルソー
- モンテスキュー
などの思想家が登場します。
彼ら思想家により、
- 自由
- 平等
- 人権
を重視する考え方を広めました。
これが革命を後押しすることになります。
バスティーユ牢獄襲撃
1789年7月14日、市民たちは武器を求めてバスティーユ牢獄を襲撃しました。
この出来事はフランス革命の象徴とされています。
現在も7月14日はフランス革命記念日として祝われています。
パリのバスティーユ広場には、かつて牢獄が存在していました。
特権的身分の廃止
バスティーユ牢獄襲撃の後、革命はさらに進展します。
1789年8月4日、国民議会は貴族や聖職者が持っていた封建的特権の廃止を決議しました。
これにより、
- 領主に対する封建的な義務
- 身分による特権
- 一部の税制上の優遇
などが廃止されることになります。
中世以来続いてきた身分制度は大きく揺らぎ、「すべての人は法の下で平等である」という近代社会への第一歩となりました。
ただし、実際には封建的な権利の一部は補償金を支払わなければ完全に廃止されず、農民の不満がすぐに解消されたわけではありません。
人権宣言の採択
1789年8月には、人間と市民の権利の宣言が採択されました。
この宣言では、
- 人は自由で平等な権利を持つ
- 主権は国民にある
という考え方が示されました。
現代の民主主義にも大きな影響を与えた重要な文書です。
ヴェルサイユからパリへ
革命が進む中で、市民たちは食糧不足に苦しんでいました。
1789年10月、パリの女性たちを中心とする群衆がヴェルサイユ宮殿へ向かい、国王一家にパリへの移住を求めます。
これにより、ルイ16世と王妃マリー・アントワネットはパリへ移されることになりました。
ルイ16世の逃亡未遂(ヴァレンヌ逃亡事件)
革命初期には、多くの人々がまだ王政を完全に廃止しようとは考えていませんでした。
しかし1791年、国王ルイ16世と王妃マリー・アントワネットはパリを脱出しようとします。
一家はオーストリア国境近くへの逃亡を試みましたが、途中のヴァレンヌで発見され、パリへ連れ戻されました。
この出来事は、ヴァレンヌ逃亡事件と呼ばれています。
国民は、「国王は革命を支持していないのではないか」という疑念を強めました。
この事件によって王室への信頼は大きく失われ、王政廃止へ向かう流れが加速することになります。
王政の終わり
1792年、王政は廃止されます。
フランスは共和国となり、国王はもはや存在しない国家となりました。
翌1793年には、ルイ16世が処刑されます。
さらに同年、マリー・アントワネットも処刑されました。
恐怖政治とは?
革命後もフランス社会は安定しませんでした。
革命を守ろうとする急進派が政権を握り、
マクシミリアン・ロベスピエールを中心に「恐怖政治」が行われます。
革命の敵とみなされた多くの人々がギロチンによって処刑されました。
ナポレオンの登場
混乱が続く中、ナポレオン・ボナパルトが頭角を現します。
1799年のブリュメール18日のクーデターによって政権を掌握し、フランス革命は終結したと考えられています。
その後ナポレオンは皇帝となりますが、革命によって生まれた多くの制度や理念は受け継がれました。
フランス革命ゆかりのパリ観光スポット
革命の歴史は現在のパリにも数多く残っています。
カルナヴァレ美術館
フランス革命関連の展示が充実しています。
革命を学ぶならぜひ訪れたい美術館です。
コンコルド広場
革命期にはギロチンが設置され、多くの人々が処刑された場所です。
コンシェルジュリー
マリー・アントワネットが処刑前に収監されていたことで知られています。
バスティーユ広場
革命の始まりを象徴する場所です。
まとめ
フランス革命は、王政から市民社会への大きな転換点となった出来事です。
- 財政危機
- 身分制度への不満
- 啓蒙思想の広まり
が革命の背景にありました。
革命によって誕生した自由や平等という考え方は、現代社会にも大きな影響を与えています。
パリを訪れる際には、革命ゆかりの場所を巡りながら歴史に思いを馳せてみると、旅がより一層楽しくなると思います。
